「毒親」ってどんな親なの?

毒親の定義とは

以前にも書きましたが、

私は、毒親という言い方が好きではありません。

けれど、「毒親」という用語を初めてみたとき、

「よく分かり言葉を作ったな。」

そう感じました。

この毒親という言葉、専門家によっても定義は異なります。

私は、この毒親を、

「子どものあるがままを受け入れないことで、安心感を与えられない親」

としています。

これは、犯罪行為を子どもに対して行うような

逸脱した親については、別な問題として取り扱っています。

このブログでは、

心のあり方を理解したり、

他の経験談を聞いて、

自分のことを理解したりすることで、

生き方が楽になっていける人に向けた

発信をしています。

毒親と愛着スタイルの関係

毒親は、「子どものあるがままを受け入れないことで、安心感を与えられない親」ということなのですが、

幼少期に家庭で安心感を得られずに育つと、

子供は健全な人と、健全な愛着を結ぶ方法がわからなくなります。

健全な愛着の形を学んだ人は、

友好的に、良好なコミュニケーションを他者と結び、

世界は自分にとって安全で、自分らしさを表現しても大丈夫だと感じている。

健康的な精神をもつことができている。

やりたいと思ったことには、何にでもチャレンジすることができ、

努力を継続的に続けることがでる。

自分には能力があると認識している。

適切な自己肯定感を感じながら生活ができる人。

こういった人物になるには、何が必要かというと、

安定した愛情表現を、母親的役割の人から提供してもらっているかどうか

ということです。

その反対で、

親を「毒親だ!」と思っている人は、

親から自分らしさを否定され、不安や恐怖を感じる生活を続けたことで、

世界は危険なところだと潜在的に認識するようになり、

自分らしさを表現することができなくなったり

人と関わる上で、傷つく経験を重ねている人。

自分には価値がないと感じ、息苦しさを感じている人。

つまり、子どもの愛着形成の形が、毒親を考える上で重要だということになります。

ボルビィの愛着理論

①安定型の愛着スタイル

自分が求めるときに養育者(主に母親)から十分な愛情を提供してもらえています。安定的なつながりを安全基地としていて、失敗を恐れず外の世界へと冒険することができ、困ったときは人に助けを求めることができます。

人間関係で理不尽な問題が起こったとき、自分ではなく相手がおかしいと感じながらも自分から身を引く行動を取る選択ができます。

②不安型の愛着スタイル

養育者(主に母親)が不安定でムラがあることから、自分が求めるときに優しくされたり冷たくされたりしないかと顔色を伺うようになり、不安定な環境で育つ。大人になってからも「相手から見捨てられるのではないか」と対人関係に不安を抱える。

人間関係で理不尽な思いをしたとき、「自分のせいだ」と感じ、自分を責めるようになります。

③回避型の愛着スタイル

養育者(主に母親)の愛情表現が乏しかったり、極端に厳しい躾だったり、愛情を感じにくい環境で育ったりしたことから、他者との関わりに強い苦手意識を持つようになります。関係そのものが苦手で、自分から終わらせることが多くなります。

人間関係で理不尽な目にあったときは、相手がおかしいと思いながら、自分から引くようになります。

④恐怖・回避型の愛着スタイル

精神的・物理的に養育者(主に母親)から自立を求められたり傷つけられたりする環境で育つことで、他者から愛情を求める一方で、濃密な関係を無意識に避けるようになります。自分でもコントロールできないジレンマを感じることがあります。

人間関係で理不尽にあったときには、相手がおかしいと思う時と、自分がおかしいと思う時が、気分によって変わるようになります。

毒親は愛し方が不器用な人

ボルビィの定義で言うと、「毒親だ!」と子どもから呼ばれる人は、②不安型、③回避型、④恐怖・回避型の愛情を、子どもに与えている人です。

こうした愛情表現に至る理由は、

親自身が、同じく毒親に育てられていて、不器用な愛しかもらえていない場合と、

発達障害の影響を受けている場合があります。

その両方が掛け合わされていることも多いようです。

毒親の影響から脱却するには

まずは、自己共感をして、自分の心の傷を癒す必要があります。

そのために、親を批判し、毒を吐き出す過程を通ることになるでしょう。

自分をたっぷり癒す時間がまずは大切です。

その次に、親が、毒親になってしまった背景を考えていく段階に進んでいけると

感じています。

毒を与えた相手を理解しようとするのは、苦しいことかもしれません。

苦しいな、できないな、と思うのであれば無理にする必要はないと思います。

そういった時は、自己共感の過程に戻りましょう。

もし、親を理解しようと思えるのであれば、

不器用な愛しか与えられなかった事情、

発達障害の可能性を考えてみてください。

親を理解することで、

子どもは、自分が上手く生きられないことは、

自分のせいではなかったのだと、思えるようになります。

親を客観的に理解した上で、

適切な愛情とはどういうものなのかを、

大人になった自分が学んでいくことで、

必ず世界が自分に対して優しいものになり、生きやすくなっていきます。

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